日本が洋ゲーを嫌ってるだって?

日本人ゲーマーにあるアンチ欧米ゲームの偏見は根深い。日本人は伝統的に、『Xbox 360』や『プレイステーション3』(PS3)のような高性能の据え置きゲーム機よりも、『ニンテンドーDS』のような携帯できるゲーム機を好んでいる。

http://wiredvision.jp/news/201009/2010092821.html

「伝統的に」w
日本のゲーム市場がワールドワイドなゲームのトレンドと乖離しているのは認めよう。
ランキングを見てもそれはあきらかだ。
いろいろ理由は考えられるが、ひとつには言語の壁がある。日本は異文化を積極的に飲み込んでいるように見えるが、実際には非日本語圏への文化的拒絶は根強く存在する。それはWWWで自由に海外の情報が手に入れられるようになった今でも頑として存在している。
基本的に大多数の日本人は「自国語の壁」から外に出ようとはしない。だが(たとえば)アメリカ人が非英語圏の情報にどれほど積極的なのかを考えれば、それ自体はけして不自然でも不思議でもない。


(この記者のような)英語話者にしてみればたまたま英語圏が十分に広く、実質世界標準に近い言語として扱われているので自身の言語的閉鎖性に対する自覚を生じにくいのかも知れないが、それは歴史的な経緯によってたまたま英語という言語がそういう位置づけになったためであって、日本語であろうが英語であろうがあるいは仏語独語葡語西語であろうが「言語による文化障壁」は言語の種類によらず存在するのである。
しかし「閉鎖的である」という事実は逆に言えばその言語がそれだけの文化的強度を保持しているという事実の裏返しでもある。その圏内において一定の文化的強度を保てなくなった言語は衰退しいずれ消滅する。マヤやアステカの例をもちだすまでもなく、独自の言語やそれに伴う文化が(完全にではないにせよ)消えてしまったり、中には民族ごと消し去られたりしてしまう、といったことは歴史の中でたびたび起こったのである。
たとえばフランスがわざわざ法律を作ってまで英語規制をするのは、自国の文化的アイデンティティが言語によって侵食されるのを恐れるからに他ならない。


そういう意味で言えば、世界でわずか10%強を占めるに過ぎない日本のゲーム市場が、今なお文化的独自性を保っているという事実はむしろ驚くべきことであろう。たとえば世界のゲームランキングの集計はアメリカ・日本・ヨーロッパであって、けしてカナダやフランス・ドイツが独立した項目になることはないのだ。
だから(おそらく北米のゲーマーである)この記者が「ゲーム開発に携わっていてStarCraftも知らないなんて」と驚くのも在米のゲーマーの感覚として当然なのだろうが(日本のゲーム開発者が海外のゲーム事情にまるっきり興味がないとか知らないというのが良いことだとも思わないけれど)、それは日本人がアメリカのコメディアンに「松本人志知ってる?」と言うようなもので、もしそのアメリカ人がよほどの日本通でなければ大喜利M-1を知らなくてもなんの不思議もないのである。
そしてゲームに関して言えば、日本以外のほとんどで主流だからといって、日本人がそれを知っていなければならないとか従わなければならないという理由も(文化的には)また存在しないのであるから(記者の「スタクラ知らないなんて!」という衝撃はまあ理解できるが)、それを日本のユーザの偏見で片付けてしまうのは無自覚な文化的優越意識に基づく記者自身の偏見の裏返しに過ぎない。海外のタイトルが日本で売れないのは、ただ純粋に日本でのプロモーションが十分ではなかった。それだけである。


もうひとつの大きな理由は日本のゲームハード開発の歴史的経緯と独自の発展によるものである。
ゲーム史には詳しくないが、ファミコンの登場によって比較的早い段階から「家庭用ゲーム機」というジャンルを確立した日本では、PCゲームが独自の文化的基盤を築き上げる土壌がなかった。あったとしてもそれは主流たりえなかった。それまでマイコン向けのゲームを開発していたデベロッパファミコンの爆発的普及にともなって開発の主軸を家庭用ゲーム機に移したであろうことは想像にかたくない。市場規模が十分ではないということは、結果として低品質なローカライズと販売価格の高騰を招きより一層「好きな人しかやらない」ものになっていく。反面で任天堂という巨大な企業による手厚いサポートはユーザの"お客様意識"を増大させる結果にもなったが、これは必ずしも悪いこととも言えない。
以来、ビデオゲームにおける主戦場はコンシューマ市場となり、任天堂セガがお茶の間の覇権を争い、セガが一度も玉座を手にすることなく敗れ去る間も、PCゲーといえばエロゲと洋ゲーを主に指し示していたのである。そしてそれは今でもあまり変わっていない。
なにより2000年代を迎えるまでPCハードはコストがかかりすぎ、高いコストを支払ってまでゲームのためにPCを導入するというのはほとんどのユーザにとって現実的な選択とは言えなかった。そして一部のコア層にとっても「ゲームをやるなら98」であって、そこでDOS/Vを選択する余地はなかった。また、そうさせるだけの魅力あるタイトルにも乏しかった。といってもコンシューマや98からユーザを引き抜いてDOS/Vプラットフォームに大移動させるのは、たとえそれがどれほどの名作であっても不可能だっただろう。
加えて指摘しなければならないのは、PS2によってSCEがまさにその栄華を極めていた2000年代初頭には日本のゲームが世界中を席巻していた*1。日本の市場だけを見て日本向けの日本受けするゲームを開発していればそれで良かった時代はあったのである。そしてそのことが今にいたるゲーム開発の内向性の素地となり、日本のユーザが独自の要求水準を作り出すことにもつながっていく。


さてここで2010年までの家庭用ビデオゲームハードの総売上台数を見てみよう
Platform Totals - VGChartz

Pos Console Americas Japan EMEAA Worldwide
1 Sony PlayStation 2 (PS2) 52.28 23.27 61.53 137.08
2 Nintendo DS (DS) 49.07 31.25 54.06 134.38
3 Nintendo GameBoy (GB) 44.06 32.47 42.16 118.69
4 Sony PlayStation (PS) 40.78 21.59 40.12 102.49
5 Nintendo GameBoy Advance (GBA) 41.64 16.96 22.89 81.49
6 Nintendo Wii (Wii) 34.85 10.68 28.57 74.10
7 Nintendo Entertainment System (NES) 34.00 19.35 8.56 61.91
8 Sony PlayStation Portable (PSP) 19.76 15.19 25.05 60.00
9 Super Nintendo Entertainment System (SNES) 23.35 17.17 8.58 49.10
10 Microsoft Xbox 360 (X360) 24.97 1.39 16.97 43.33
11 Sony PlayStation 3 (PS3) 15.05 5.61 17.04 37.70
12 Nintendo 64 (N64) 20.63 5.54 6.75 32.92
13 Sega Genesis (GEN) 16.31 3.58 8.65 28.54
14 Microsoft Xbox (XB) 16.34 0.53 7.78 24.65
15 Nintendo GameCube (GC) 12.94 4.04 4.77 21.75
16 Sega GameGear (GG) 5.51 1.78 3.33 10.62
17 Sega Saturn (SAT) 1.87 5.80 1.15 8.82
18 Sega Dreamcast (DC) 3.98 2.25 1.97 8.20

Sega Genesisというのはメガドライブのことである。これを見てなにより衝撃だったのはドリキャスゲームキューブはおろかサターンよりいや、ゲームギアより売れていなかったという驚愕の事実。
まあそれは置いておくとして、このチャートから明らかなようにDSとゲームボーイゲームボーイアドバンスは世界中で売れている。


あるぅえ?携帯ゲーム機を好むのは日本の伝統なんじゃなかったっけ?


そしてこれまたチャートを見れば一目瞭然、Xbox360PS3のような「高性能ゲーム機」も世界的にみたってそれほど売れていない。どっちもスーファミ以下だ。
つまりハイエンドなゲームを求めているのは一部のコア層だけである。世界のほとんどはまだPS2で遊んでいるし、携帯ゲーム機も世界中でバカ売れしている。


ソフトの総販売本数を見てみよう

任天堂以外で上位に食い込んでいるのはGTA:SAだけだ。PCゲーではThe Simsがギリギリ20位に食い込んでいる。


2009年の集計はこうだ
Yearly Chart Index - VGChartz
アメリカとヨーロッパではCoD:MW2がバカ売れした。FPSにしては珍しく日本でもそこそこ売れた。初週で700万、XboxPS3あわせて2000万を売りあげたがWiiスポーツはそれと同じぐらい売れている。
世界の家庭用ゲーム人口のほとんどが任天堂のゲームとハードで遊んでいるのはたしかだ。PCゲーム人口についてはデータが見つけられなかったので良くわからない。ゲーム人口全体の年代別のデータはないがおそらく世界的にいってもPCゲームをプレイしているのはハイティーンから30代までの主に男性という限られた層でしかないだろう。これは偏見にすぎないがそれほど外れているとも思われない。世界でも日本でもPCゲームはマジョリティを得ていなかったし今でも得てはいない。専用ハードの時代もいつかは終わりを告げるのかも知れないがそれはわからない。


洋ゲーにもすばらしいものがある。それは認めよう。そのすばらしさがコア層にまで浸透しきれていないのも確かだろう。日本のRPGが一本道ゲーなのも、デベロッパが内向きなのも認めよう。もっと目を向けて欲しいという気持ちもけして分からなくはない。
しかし日本のユーザが特殊なのではない、PCゲームが全世界的にマイナーなだけだ。
CoDシリーズはヒットしたしStarCraftもかなりのユーザーを獲得しているが、Wiiスポーツやマリオのようにリビングで家族と一緒に遊べる種類のゲームではない。そういったコアゲーマー層以外の部分、つまり家庭用ゲーム市場の大部分はすべて任天堂の守備範囲なのだ。


日本で洋ゲーが流行らない。それはそうだろう、そもそも日本のユーザを意識して開発していたのだろうか?ローカライズを前提とした開発が進められてきたのだろうか?おそらく否である。ローカライズは代理店任せ、日本市場を対象にしたプロモーションもマーケティングもやらない、それを棚に上げて日本を非難するのは「日本人はアメ車を買わない」と文句を言うのと同じである。EAやActiVisionUbisoftGMやフォードよりはよくやっていると思うがそれでも十分ではない。
いくら魅力のある製品でもだまっていては売れない。その製品の魅力がユーザにきちんと伝わるように障壁をひとつひとつ取り除かなければならない。当たり前のことだ。いくつかのタイトルがたまたまヒットを出したからと言ってでかい顔されても困るのである。