メモ:マンドラゴラ
- マンドラゴラ・オッフィシナルム(学名)
いま座右にないから月日はわからぬが、確か明治29年か30年の『ネイチャー』に、予はこのヤブチャクなる名を、予未見の書で、明の方密之の『通雅』四一に引かれた『方輿勝略』に押不盧薬と音訳したと書いたのはとにかく、右のペルシア名かアラブ名を、宋末・元初時代に押不慮(ヤブルウ)と音訳したのは疑いを容れない。押不盧は、『本草』にも明の李時珍が、むかし華佗が腸をえぐり胃を洗った外科施術には、こんな薬を用いただろう、と古人の言を引いたのを読んでも、和漢の学者何ものともわからずに過ごしたのを、予が語学と古記述を調べて、初めてマンドラゴラと定めた。
押不盧という名の植物がマンドラゴラに違いないと定めたのは南方熊楠だったのか
「南方熊楠の『ネイチャー』掲載論文について」(国際社会文化研究所紀要 第6号 (2004), 松居・小泉)
によると1895.04.25にはじまり1896.08.13、1898.03.03と3度にわたって掲載されていたらしい
南方熊楠のマンドラゴラ研究--その研究史上の位置づけ | CiNii Research

